1 名前:YG防衛軍 ★@\(^o^)/:2016/05/10(火) 18:28:29.15 ID:CAP_USER9.net

『FIFA.com』は、ADOデンハーグに所属している日本代表FWハーフナー・マイクのインタビューを掲載した。
今季エールディビジで16点を決め、欧州主要リーグにおける日本人の最多記録を更新したハーフナー・マイク。
所属しているADOは父親であるディド・ハーフナーがプロデビューしたクラブでもあり、
同じハーグの街で選手としてのインパクトを残した。
彼は取材に対して以下のように話し、日本代表への復帰にも「最後のチャンス」と意欲を見せた。

“ ハーフナー・マイク

「(2014年ワールドカップでメンバー入りを逃し、その後スペインのコルドバで構想外になった。
1月に退団し、それから数ヶ月無所属になった)
自分のコンディションを維持することは難しかった。自分の心の中にも、多くの物事が渦巻いていた。
僕のモチベーションはかなり落ちていた。復帰するのは難しかった。
しかし、重要だったのは、僕がそこに留まることなく、再びサッカーをし始めたということだ」
「(3月にHJKヘルシンキに加入したね。故郷の広島と比べれば格段に寒い)
最初の数ヶ月はとても難しかったよ。しかし、どこでプレーするかは重要ではない。
僕は再びサッカーを楽しむために歩き始めたんだ。
父(ディド)はいつも言っていた。僕が若い頃からね。サッカー選手は世界最高の仕事だと。そして、それは僕もそう思う。
出来るだけ早くチームに馴染めるように、僕はまた努力し始めた。そして、それは成果をあげたね」

「(その後、オランダのADOデンハーグからオファーを受けた)
良いオファーをADOから受けた。父の古巣からね。ディドは、そこは熱烈なファンを持っている良いクラブだと言っていた。
彼も興奮していたよ。素晴らしいものだった。
多くのファンが父のことを知っていたよ。スタジアムの周りやミュージアムで古い写真を見るのもいいね。
もしそこに行けば、とても奇妙な髪型の父を見られるよ(笑)」

「(ユース時代は横浜F・マリノスに所属した。クラブのGKコーチは父親だったね?)
それはちょっと難しいものだったね。選手たちは父親がコーチであることを知っているから、
彼らはロッカールームで悪いことを言えないと理解していたんだよ。
ただ、僕は本当に何も気にしていなかったよ。それは1~2年のことだった」

「(父はGKだった。身長は受け継いだが、ポジションは違うね?)
子供の時、僕はいつも足でボールを持ってプレーすることを楽しんでいたんだ。セービングすることよりもね。
休みの時は、父のトレーニングをよく見に行ったよ。そして、それが終わった後、父がゴールマウスに立って、
僕が彼に向けてボールを蹴っていた。
僕は、自分はストライカーになりたいとずっと思っていたよ。ゴールキーパーよりも。
もしプロとして成功しなかったら、『ゴールキーパーだったらどうだったか・・・』と考えたかもしれないね!」

続きは↓の記事から
http://qoly.jp/2016/05/10/havenaar-mike-talked-about-ado-den-haag?part=2
引用元: http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1462872509
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